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    ストックリスト
    「よしみのクレーム日記」再開編

    陳腐化というマーケティング。

    27
    Aug, ’15

    prius

     

    何年か前にプリウスという車に乗ったことがあります。

     

    もちろん購入したわけではなく旅先でのレンタカーだったんですが、日ごろ憎まれ口ばかり叩いておきながら、一回も乗ったことがなかった車だったので、ものは試しということで、一日乗ってみたわけです。

     

    今はもう猫も杓子もとばかりにハイブリッド全盛で、廉価版のアクアという車がいちばん売れているらしいですが、石を投げればプリウスにあたるというくらいの頃(ほんの数年前なんですけどね)でした。

     

    そのプリウスは、最新の型ではなく、2006年の2代目モデルで、走行もレンタカーとしては珍しく6万kmを超えている車だったんですが、走る止まる曲がるに関しては予想どおりまったくなんの問題もなく(アイドリングでまったく音がしないのが不気味だったですが)、かなり快適だったことを憶えています。

     

    ただ、操作系のインターフェイスがすべてデジタル表示になっていて、車を運転しているというよりも、ゲームセンターで遊んでいるような感覚に陥ってしまい、そんなふうに意識し始めると、いかにも軽やかな操作感や、なんのストレスも、そしてほとんど音もなく回転のあがるエンジンも、なんか自動車としてのリアリティが薄い。確かに燃費は一日走っても燃料ゲージがひと目盛も下がらなかったくらいなので、効率に関してはまったく文句はないんですが、なんとなく操作するのではなく操作させられているといった感じ。

     

    たしかに良くできた機械といえるのかもしれないけれど、じゃあこれがいい車かといわれると、けっして積極的にYESとは答えにくい。まず自分でお金を払ってこの車を買うということは、あり得ないなあというのがそのときの正直な印象です。

     

    自動車という道具になにを求めるかというのは、100人いればおそらく100通りの答えがあるような質問なんですが、個人的には、少なくとも愛着をもてるような雰囲気をもっているもの、もっといえば官能性の気配を感じるものじゃないと面白くないなあと思ってしまうわけです。

     

    もちろん車にそんなことを求めないよという人にすれば、それでいいのかもしれないですが、愛着の持てない道具にお金を使うのはやはり楽しくないですよね。

     

    あと、これだけは絶対受け入れられないなあと思うのは、抜群の技術力(もちろん耐久性に対しても)をもちながら、今のモデルを古くさく見せるために次々と必然性のないモデルチェンジを繰り返して(プリウスはまだ長いほうだけれど)、旧いモデルを使い捨てにする陳腐化というマーケティングの姿勢です。

     

    最近では欧州車もだんだんモデルチェンジのサイクルが短くなってきているような気もしますが、なんとなく売るためにすぐデザインを変えるメーカーって信用が置けない気がするんですよね。

     

    まあ良くも悪くも、今の日本を象徴する車には違いないんですが。

     

     

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